ぼたん桜がそこここに咲き誇り、八重山吹・あやめやパンジー・石楠花(シャクナゲ)が色鮮やかに咲き競う東京大田区にある日本一の高級住宅街、初夏を思わせる陽射し眩しい4月の〝田園調布〟のお話しです。
田園調布の環八沿いから歩き出した若者が、陽射しに負けてかシャツの袖を捲り上げ、左手に提げた袋をリズム感良く振りながら静かな住宅街に入っていきました。田園調布の住宅街は、紳士協定が守られてかブロックの塀は少なく、生垣(イケガキ)から見え隠れする豪邸を眺めながら早足に進んでいきます。
赤・白や紫色に大きく咲いているオオムラツツジの配色を楽しみながら、2本目の道を曲がり『中井貴一さん』宅の大谷石の石垣沿いに行って突き当たり、今度は右に折れて住宅街をくまなく歩いていきます。
横井英樹さんの家の角を曲がって駅の方向に進み、新緑の銀杏並木に流れる涼風を楽しみながら、知的なひたいの汗を爽やかに拭き右腕を回して手首を振っています。
そう言えば、時折、右手に紙を持ち腕を伸ばすのが若者の得意のポーズの様であり、右手が疲れるのでしょうか得意なポーズを決める以外は淡々と歩き続け、銀杏並木の角を曲がって脇道に入っていきます。
豪 邸
駅から100㍍ほどの所に『ことりの病院』があり、インコの好きな若者は感慨深げに澄んだ瞳で病院を眺めた後で坂道を登り始めました。坂と言えば、田園調布は誠に坂の多い街並みです。
巨人軍の長嶋さんの家の前を通りながら、駐車場の車のナンバーを何気なく見たら『5555番』。ただの偶然であのナンバーが貰えるのだろうか。電話と同じで、良い番号に『疑惑』を感じながら通り過ぎる。
長嶋さん宅から100㍍ほどで、手入れの行き届いた赤芽樫(アカメガシ)の生垣のダイエー中内功さん宅。赤芽樫の新芽の赤が鮮やかですが、経営も赤では辛いものがありそうです。
中内さん宅の近くに、誠に立派な玄関の家があり角を曲がったら、超豪華な玄関が再び現れた。何と、今見たのはお勝手口だったのか。高級住宅街の凄さをまのあたりにしてショックです。豪邸を回っている内に、若者は、つい先程と同じ道を歩いている事に気が付いた。同じ道を歩いてならないのは彼の宿命である。
それにしても、広い敷地と豪華な家が多く、一つの番地を一軒で占めている様な豪邸を含めて、さすがに日本一と言われるだけの超高級住宅街。総ての道をくまなく歩くには足が棒のようになってくるのです。
鳩山さんの邸宅には、つつじとサツキ・そして、花みず木(ライラック)の花が見事に咲いており、大奥様が外出から戻ってこられ流し目で睨まれた。ご近所の家々に咲く藤の花も見事ですが、道路から見える宝来公園の藤の花は一段と大きく垂れ下がって若者の心を和ませ、歩行の疲れを忘れさせてくれるのです。
4丁目はあまりにも坂が多すぎる。五木ひろしさんの家などの近所は坂道ばっかりで、膝は震え足首のキシムほどの急な坂が続くのです。そこで、若者は知恵を働かせ、坂道は、上下に歩かず横の通りを上手に使って歩くコツを考え出したのです。
歩き始めて何時間たったのだろうか?。そして、何ゆえに彼は歩き続けるのであろうか?。コツを覚えたとは言え、昨日も田園調布を歩き続けた若者の足取りは重く、右手の紙を高く差し伸ばす得意のポーズも幾分元気無く見えるようである。
さすがに田園調布。10㌢角程の『SECOM(セコム)』のステッカーを8割の家が付けている。と感心した時、若者の知り合いが通りかかって声を掛けた。『ポプラさん。今日は〝チラシ配り〟なの!!』・・と。『繁忙期に開店したんでねぇ。社員が忙しいから、ま、健康にも役立つし・・・』と、私です。
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